朝型のメリットとは
ユニクロを展開するファーストリテイリングの本社勤務の社員は、勤務時間が7時から16時となるそうなのです。
以前にこのブログで、韓国企業のサムスンが急成長した理由の一つに、勤務時間が7時から16時であることを書いたことがあります。
この勤務時間にしてから、サムスンでは資格を取る社員や語学を勉強する社員が急増し、社員のレベルアップが進んだそうです。
いよいよ、ユニクロもかという感もあります。
社内公用語を英語にするという方針にも度肝を抜かれましたが、この思い切った方針も、世界全体を市場として未来を創っていく先陣を切るユニクロであれば当然のことかもしれません。
よく言われる言葉に、朝の1時間は昼の2時間、夜の3時間に匹敵するというものがあります。
最近の研究によれば、朝の仕事はインプットよりもアウトプットの方が向いているとのこと。
例えばブログを書いたり、手紙を書いたり、勉強では英会話の勉強などが向いているようです。
確かに、朝の時間は電話やメールなども少なく、人から話しかけられることもないので集中して仕事や勉強などすることも出来るようです。
書店に行けば、早起きを奨励する本が所狭しと並べられているのも頷けます。
私はお蔭様で、早起きの習慣は定着してしまいました。
朝7時には会社に出勤するのですが、その前までにはブログを書いたり、本を読んだり、ウォーキングしながらCDを聞いたり、かなり内容の濃い充実した時間を過ごすことが出来ています。
面白い本があったときなどは、つい夢中になり出勤前に一冊読んでしまうこともありました。
私なりの早起きの秘訣を少々。
夕食を軽くすること。
朝方に起きたら二度寝しないこと。
そのまま起きてしまえばいいのです。
次の日は夜早く寝れるし、ぐっすり寝れます。
一度、試してみてください。
採用基準
会社の採用基準にはいろいろなものがあるようです。
過去にあった有名なものに、日本電算の採用基準があります。
履歴書は一切見ないで採用したそうですが、その採用基準は驚くべきことに、食事させて早く食べ終わった順から採用したそうです。
日本電算の永守社長曰く、「太閤秀吉は、早飯早糞だった」。
後に金庫に保管してあった履歴書を見たときに、その採用基準に間違いがなかったことがわかったとか。
天才経営コンサルタントとして名高い、S・Yワークス社長の佐藤芳直さんは、前職の船井総研時代に30歳そこそこの若さで上場企業の役員に抜擢されました。
後になって、当時の社長である船井幸雄さんに、なぜ自分を選んだのか尋ねたそうです。
理由は食事のときメニューを選ぶのが早いことと、食事を食べるのが早いからだと答えだったそうです。
どうやら、成功者は皆一様にせっかちなようです。
私も昔から飲み込むように食事をしていましたので、母親や家内からもっとゆっくり良く噛んで食べるようにと窘められました。
今では健康のためにも、少しばかりゆっくり食べるようにしています。
弊社の採用基準も少しユニークです。
まず始めに、この社長ブログを最初から全部読んで、考え方や内容に共感できたら面接に来て欲しい言います。
最初から全部読むのはかなり大変なようです。
この段階でかなりの人が脱落します。
次に面接で数冊の本を渡し、それを読んでやはり考え方や内容に共感できた場合に限り、次の面接に来て欲しいと言います。
読んだか読まなかったかは知りませんが、本を送り返してくる人もいますし、本を借りたまま連絡が途絶える人もいます。
私は常日頃から理念や戦略は、絶対に譲れない聖域であることを公言していますので、ブログの内容や私が教科書として日頃読んでいる本の内容に共感する人だけを採用しているわけです。
様々なユニークな採用基準を持っている企業も多いことでしょうが、いずれにしてもこれからの企業は人材が命となることでしょう。
時効取得
「時効取得」。
民法で定められている権利ですが、簡単に言うと次のようになります。
自分の土地だと思い込んで、すなわち地人の土地だと知らないで10年間占有していた場合に、その土地は自分の土地になるそうです。
これを善意の時効取得と言います。
他人の土地だと知っていても、20年間占有していた場合に、その土地はやはり自分の土地になるのです。
これを悪意の時効取得と言います。
もちろん、時効取得の裁判をして、その判決を以って登記簿謄本上も所有権が移転するわけなので、そんなに簡単にはいかないのですが。
この時効取得のことは、話にはよく聞いていたのですが、弊社が仲介して売買した土地をめぐって、もしかしたら時効取得の裁判をするかもしれないことになったのです。
他人事ではなくなりました。
法律に照らしあわせば、既に結果は出ているのですが、何事も蓋を開けてみなければわからないのが勝負事の常です。
果たして裁判長はどんな判断を下すのでしょうか。
また、反対弁論はいかなる弁論になるのでしょうか。
弊社の立場は一貫しています。
すべてはお客様のためにです。
裁判途中に和解交渉もあるかもしれませんし、円満に解決できればそれに越したことはありません。
弊社にできることでベストを尽くすのみです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%96%E5%BE%97%E6%99%82%E5%8A%B9
類は友を呼ぶのか
自分の付き合っている人や親しい人、5人の平均年収は、ほぼ自分の年収に等しいそうです。
やはり類は友を呼ぶのでしょうか。
友人を見ればその人のレベルがわかると言う人もいます。
誰と付き合い誰を友人とするのかをよく考えなければならいのでしょう。
友も選べということです。
少なくとも自分よりレベルの高い人と付き合いたいものです。
自分を高めてくれる人。
善なる影響を与えてくれる人。
目標となる人。
愚痴や他人の悪口を言わない人。
社内でも現在、実績を出している人や輝いている人、勢いづいている人と親しく交わることによって、実績が上がることがあります。
いわゆる、ついている人と付き合うことがつく秘訣のようです。
経営コンサルタントがクライアントを選ぶとき、ついている会社や運勢のある会社を選ぶようにしているそうです。
それが、コンサルタントで成功する秘訣であり、逆に失敗しない秘訣だそうです。
やはり人間は知らず知らずのうちに、周囲の人間から影響を受けているのでしょう。
社内での立ち回り方にも気をつけたいものです。
変わる常識
昔と今では常識がまったく変わってしまうことも珍しくありません。
例えばスポーツの世界。
昔は運動中は水分を取ってはいけないと言われてきました。
今では積極的に水分を取るのが常識になりました。
私が小学校の頃は、スポーツ根性物語いわゆるスポ根の影響もあってか、トレーニングとしての階段でのうさぎ跳びが奨励されていました。
今ではそのようなトレーニングは膝を痛めるという理由でまったくやらなくなりました。
野球選手は肩を冷やしてはいけないという理由で水泳などは控えていました。
今はアイシングなどむしろ冷やすことをしたり、シーズンオフには水泳などのトレーニングを常識となったのです。
確かに昔の非常識は今の常識という側面もあると思います。
経営や商売の世界ではどうでしょうか。
「利他」とか「お客様第一主義」、「三方よし」とか言うと、そんなの理想だとか、綺麗ごとを言っても儲からないとか言われたものです。
現に、不動産業界では「金がすべて」とか「所詮、金だ」と言ってギラギラしていた人が儲けていた時代もありました。
ところが、最近はどうでしょうか。
私が知る限りでは、「金で愛も買える」と豪語していた著名な企業家が没落したり、昔の拝金主義の価値観のままま営業している人が急に運勢をなくし営業実績が急落したりしています。
恐らく近い将来、経営や商売は利己主義や個人主義、拝金主義などの旧来の価値観では、まったく通用しない時代になるのではないかと思います。
いやもう既にそうなっているのかもしれません。
夜の景色
毎朝、ウォーキングするようになってから8ヶ月が過ぎました。
出張で地方に泊まったときや雨のとき以外は毎朝続けてきました。
元々、ウォーキングする前から早起きは習慣になっていましたので、特に苦もなく楽しみながら続けてくることができました。
ひょんなことから読んだ、健康に関する本の中に、ウォーキングは夕食後から就寝までの間にやる方が効果的だという内容がありました。
そういうものなのかと思いながら、とりあえず仕事が遅くならない日だけやってみることにしました。
早朝ウォーキングのときの決まったコースを夜、歩いてみたのです。
旧東海道の風情のあるその通りは、早朝の顔とはまったく違った顔を見せてくれたのです。
朝と夜ではこれほどまでに違いがあるのですね。
その違いに目はキョロキョロ。
比較しながらのウォーキングは楽しくて仕方ありません。
いつも経営に関するCDを聴きながらウォーキングしているのですが、あまりにもその景色の違いが楽しくて、まったく耳に入ってこないくらいでした。
春夏秋冬で街の景色はその顔を変えます。
そして、朝と夜ではまたその顔を変えるのです。
東京の裏通りにはそんな素敵で楽しいところがたくさんあるのです。
益々、この街が好きになりました。
未来会議
リゾートの達人として有名な「星野リゾート」。
数々の行き詰った旅館やホテルの再生に成功して、一躍その名を業界の轟かせたのはもう何年前のことだったでしょうか。
私がその詳細を知ったのは、星野リゾートに関する2冊の本でした。
「星野リゾートの事件簿」と「星野リゾートの教科書」。
この2冊の本は圧巻でした。
明らかに他のビジネス本とは違いました。
なるほど、いかに旅館やホテルが再生していくのか、その秘密が手に取るようにわかるドラマ仕立てのストーリーだったからです。
再生あたって必ずやることは、元々その旅館やホテルにいた社員の中から意欲のある有志を募って、コンセプト会議をすることから始めるのです。
この旅館をどんな旅館にしたいのか。
どんなお客様を対象するのか。
どんなサービスを特色とするのか。
どんなテーマのホテルにするのか。
何日もかけて納得のいく答えが出るまで話し合う会議なのです。
キャリアも立場も関係なく、新人でも誰でも参加できる会議です。
そうして決まったコンセプトを一つの経営理論を教科書として、結果が出るまで我慢して、その理論に基づいた戦略を実行し続けるのです。
こうして、全国の多くの旅館やホテルが次々と再生していきました。
弊社「日本マウント」も、このコンセプト会議に習って、意欲のある有志を募集して、会社の未来を考える「未来会議」を開くことにしました。
やはり、キャリアや立場は関係なく、誰でも参加できるようにしました。
どんな会議になり、どんな意見やアイディアが出るのか、今から楽しみです。
ある健康に関する本を読んで
最近は健康にはかなり気を使っています。
読書では経営に関する本や、歴史小説などが主なものですが、ごくたまに健康に関する本も読むことがあります。
読むだびに納得することで取り入れられるものは取り入れたいと思うのですが、なかなか全てを実行するのは難しいものがあります。
ときには目から鱗といった内容に出会うことがあります。
コーヒーが健康にいいといったものなどそうでした。
今回の本の内容で目を引いたものは次のようなものでした。
ゆっくりした呼吸や運動が自律神経に良い。
腸の働きが良くなるだけで痩せることがある。
ジョギングやウォーキングは、早朝よりも夕食から寝るまでの間にやる方が良い。
朝食や夕食を軽くして、昼食に好きなものを食べるようにした方が良い。
食事の前にコップ一杯の水を飲むのが良い。
やはり睡眠は大切で、出来れば6時間から7時間は睡眠を取り、午後11時から午前3時までは睡眠中であることが望ましい。
朝はインプットよりもアウトプットの作業の方が向いている。
すべての内容が自律神経の働きを良くする、特に交感神経と副交感神経のバランスを保つのに何が良いかという観点で解説されていました。
本によってはまったく違う主張をするものもありますので、ただ鵜呑みにするのではなく見極めが大切であると思います。
http://www.sunmark.co.jp/local-cgi/hpage/search1_isbn.cgi?isbn_cd=ISBN978-4-7631-3039-6
手紙を書く
少し古い本になりますが、童門冬二さんの「織田信長 破壊と創造」という本を読みました。
この本を読んで意外な事実を知ったのです。
織田信長は非常にまめに手紙を書いていたということです。
今で言えば手紙魔、メール魔といったところでしょうか。
これは少し以外でした。
天下統一を目指して突っ走ったその生涯からは想像できなかったからです。
なるほど、あれほどの勢いでその勢力を広げていくには、用意周到な根回しがあったのでしょう。
私が尊敬する船井幸雄さんは、成功するためクセづけとして、次の三つのことを教えています。
メモを取ること、見送ること、手紙を書くこと。
一日三通、一年で千通は手紙を書きなさいと説くのです。
この教えを充実に実行したのが、船井総研の会長である「小山政彦」さんと、S・Yワークス社長で天才経営コンサルタントとして名高い「佐藤芳直」さんです。
お二人とも大成功しており、その教えの正しさを実証されました。
ワタミの「渡邉美樹」さんは、日記を書きなさいと教えます。
小学生の頃から一日も欠かさずに書き続けているそうです。
やはり、成功するには成功するだけの理由があるのですね。
時代が変わっても変わらない大切なものがある。
そんなことを感じたのでした。
甲子園が終わって
今年の甲子園は、西東京代表の日大3高が優勝しました。
私は故郷が長野県ですので長野県代表を応援していましたが、一回戦で負けてしまいましたので、人生の3分の2を過ごし、現在住んでいる東京の代表を応援していました。
9回の逆転劇が多く、ハラハラドキドキの甲子園でしたが、最後は優勝候補の日大3高が11対0で決勝戦を制し幕を閉じたのです。
伝統校である栃木県代表の作新学院も健闘しました。
栃木県と言えば、弊社が力を入れているリゾート地、那須高原や日光などがある県です。
この作新学院と言えば思い出すのが、元巨人軍投手「江川卓」さんです。
この江川さんの高校時代の記録は圧巻です。
ノーヒットノーラン9回、完全試合2回。
ボールにバットを当てることすら難しかったとか。
その江川さんも甲子園での勝利にはあまり縁がありませんでした。
やはり甲子園には魔物が潜んでいるのでしょう。
3年の春はベスト4、夏は2回戦敗退。
2年夏は栃木県大会では4試合投げて、ノーヒットノーラン、完全試合、ノーヒットノーラン、最後も延長10回ツーアウトまでノーヒットノーラン。
11回に内野安打され、送りバントにスクイズで負けて甲子園には行けなかったそうです。
歴史に「もし」は禁句でしょうが、もし江川さんが高卒でプロに入って良き指導者に出会っていたとしたら、いったいどんな記録が生まれどんなドラマを見せてくれただろうかと思ってしまいます。
あのような「怪物」は、もう二度と現れないのでしょうか。
いつの時代も甲子園は、私たちに夢を与えてくれます。