ジョブス氏のご冥福をお祈りします
巨星が逝きました。
歴史を創った人でした。
時代を変えた人でもありました。
プレゼンテージョンの常識を覆しました。
その波乱万丈の人生は誰にも真似ができないでしょう。
ソフトバンクの孫正義さん曰く「人類は情報革命という、かつて経験したことのない激変期を迎えている」。
その中心にいたのが、まさしくジョブス氏だったのです。
インターネットのみで営業を展開する弊社「日本マウント」でも、その動向や発言には常に注目していました。
IphoneやIpadを使い、ソーシャルメディアを駆使して情報発信することを営業戦略の中心に据える弊社にとっては、他の不動産会社のどこよりも、ジュブス氏に対する憧れや期待が大きかったと自負しています。
どうして、時代のヒーローの多くが早くその生涯を終えてしまうのでしょうか。
歴史は時としてヒーローには残酷なものです。
「歴史にもしはタブーだけれど、もしジョブス氏がいれば・・・」と未来の人々が語るであろう、その未来が確実に訪れることでしょう。
ジョブス氏の功績とその名前は歴史に永遠に刻まれたのだと思います。
ジョブス氏、ありがとう。
そして、安らかにお眠りください。
http://jp.techcrunch.com/archives/20111005steve-jobs-has-passed-away/
「おひさま」が終わりました
NHK連続テレビ小説「おひさま」が終わりました。
信州の安曇野や松本を舞台に約半年という期間。
私はほとんどテレビは観ないのですが、ついついワンセグで時間があるときは観るようになり、ついには最終回に至るまで全体の8割ぐらいは観てしまいました。
こんなことは近年、珍しいことです。
やはり、故郷の信州での話しだったり、弊社「日本マウント」が特に力を入れてきた信州の安曇野を舞台としての話だったりしたからなのでしょう。
最後はほぼ全員が、ハッピーエンドの話だったので何かしらほっとしました。
特に主人公の陽子たちの世代の登場人物が全員、元気良く長生きしていたことは何よりでした。
戦争を体験し、戦後の貧困を体験し、経済復興を体験した、いわゆる「陽子世代」は実にたくましい人たちが多いです。
ちょうど私の父や母の世代の人たちです。
今の日本があるのも、彼ら彼女らの頑張りの結果なのでしょう。
本当に頭が下がる思いです。
精神的にも強いし、体も丈夫な人たちが多いので、きっと最も長生きする世代ではないかと思います。
むしろ、私たちの世代は大変です。
運動不足や飽食でメタボが多いのや、精神的に強くないので、直ぐにストレスに負けてしまいます。
戦争や貧困など最悪の極限状態を体験していないので、いわゆる「逆風」や「想定外」というやつに対する免疫がないのです。
それが、年々増加し続ける精神病や自殺の数に反映されているのかもしれません。
さて、この「おひさま」効果もあってか、弊社が力を入れる信州・安曇野地方の人気が急上昇中です。
「おひさま」は終わりましたが、安曇野の人気はまだまだ続くことでしょう。
自然が美しく、しかしどこかしら都会的なセンスがある「安曇野」をこれからもよろしくお願いします。
マラソン世界新記録に思う
ベルリンマラソンで男子の世界新記録が誕生しました。
2時間3分38秒という驚異的な記録です。
ケニアのマウイという選手ですが、ベルリンマラソンは2連覇、前世界記録も同じケニアの選手のものでした。
先の世界陸上でも長距離走では、男女共にケニアの選手が大活躍。
まさにケニア黄金時代到来の予感がします。
私は高校時代に2回、全国高校駅伝に参加したことがあり、勉強をほったらかして毎日、馬のように走ってばかりいました。
その当時、世界のマラソン界では日本勢が大活躍している頃でした。
早稲田の瀬古選手、旭化成の宗兄弟がまさに世界のトップランナーだったのです。
高校3年のとき、夏の合宿を長野県諏訪市の霧ヶ峰高原にある日本陸連の合宿所で行いました。
そのときになんと、当時、早稲田大学に在住する「瀬古利彦」選手と一緒になったのです。
間近に見た瀬古選手は、まさに流れるような美しいランニングフォームで私の横を走り去っていきました。
それまでは世界のマラソンランナーで大成した人は皆、長身で痩せていてしかも長足なのが常識でした。
かの五輪2連覇のアベベしかり、ミュンヘン五輪覇者のフランク・ショーターしかりです。
しかし、瀬古選手はどう見てもそれほど背は高くなく、しかも胴長短足。(瀬古選手御免なさい!)
その姿は衝撃的であり、同じような体型である私にとってはまさに希望の星であったのです。
その瀬古選手や同郷の中山選手、それに続く五輪銀の森下選手、世界陸上金の谷口選手が引退した後、マラソン日本という代名詞は徐々に廃れてしまうこととなってしまったのです。
このままケニア勢の独走を許してはいけません。
マラソンン日本の復活を期待したいと思います。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/athletic/headlines/20110925-00000064-jij-spo.html
福沢諭吉の祖先は
長野県茅野市豊平に「福沢区」という場所があるそうです。
この場所が福沢諭吉の先祖がいたところとして知られているというのです。
福沢諭吉は先祖のために1873(明治6)年に東京で建てた記念碑に「福沢氏の先祖は信州福沢の人なり」と記しているそうなのです。
福沢が長野県内のどこを指すかは分かっていないそうですが、この茅野市福沢区説は有力だとか。
戦国時代にこの福沢地籍に屋敷を構えた太郎左衛門善徳が、福沢諭吉の先祖の可能性があると思われているからです。
善徳は武田勝頼の軍に参加して、鳥居峠(塩尻市・木曽郡木祖村境)で木曽義昌軍に敗れた後、松本を治めていた小笠原氏に仕え、小笠原氏と共に大分の中津へ移り住んだというのです。
福沢諭吉の父・百助は中津藩に仕えており、つながりがあるみられているのだとか。
弊社「日本マウント」のビジネスでも、今年の信州は何かと話題です。
NHKテレビ小説「おひさま」の影響もあり、安曇野が大ブレーク。
この安曇野の別荘販売を始めてまだわずか1年半くらいですが、本当に沢山のお客様のお問い合わせを頂きました。
そして、この秋からはまさに福沢諭吉の先祖がいたというという茅野市、そして近隣の富士見町、原村に力を入れていくことになりました。
今年やはり大ブレークした、八ヶ岳の近くということもあり、かねてから力を入れたいと考えていた場所でもあるからです。
今から準備して、来年のシーズンには大ブレークすることを期待します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
もう少し工夫して欲しいこと
地方のあるホテルでのことです。
どちらもその地方では老舗の一流ホテルだと思うのですが、少し工夫して欲しいと思うことがありました。
一つは朝食バイキングのことです。
野菜サラダを選ぶコーナーで種類が多いのは良いことなのでしょうが、お客様が選んだりお皿に盛り付けるのに時間がかかってしまい、待っているお客様の列が渋滞になってしまうのです。
他の食品との並べ方が悪いので、その他のコーナーは空いているのに、この場所を通ってから他のコーナーに行くような動線を作ってあるのです。
待たせれているお客様がイライラしている雰囲気が伝わってきます。
もう少し工夫が欲しいものです。
二つ目は別のホテルでのことですが、パソコンに繋ぐLANケーブルの件。
このホテルでは机についていないのです。
テレビの横についているのです。
不思議なのはその近くには机もなく、コンセントもないのです。
いったいどうやって使うのでしょうか。
これにはもう笑ってしまいました。
私は仕方なくテレビをどかして、そこにパソコンを置き、冷蔵庫のコンセントを抜いてそれを使いしました。
お客様が使うことを考えて設置したとは思えないのです。
これが地方の老舗ホテルの基準なのです。
サービスの本質をもう一度考えて欲しいと思いました。
そうでなければ、益々、地方は廃れていってしまうでしょう。
力がある者が勝ち、やがて全国展開し、地方の老舗は滅んでいく歴史が、あらゆる業界で進んでいってしまうのです。
もう一部のビジネスホテルチェーン店の方が、ある意味サービスが上かもしれません。
負けるな!地方の老舗や一流と言われてきたホテルよ!
そう叫びたくなりました。
天才料理人
天才料理人「米田肇」さん。
ミシュラ三ツ星の凄腕です。
驚くのは開店からわずか1年5ヶ月でそれを極めたことです。
さらに驚くのはその経歴です。
高卒後、電子工学を学び、コンピューター関連会社に就職。
夕食代を200円に切りつめ、トイレットペーパーを節約するために会社で用を足すなどして、2年間で600万円を貯めて、大阪の料理学校で1年学んだ後、料理の世界に飛び込むのです。
26歳の時だったそうです。
その後、日本での修行中も、その後のフランスでの修行中も、けして順風満帆とはいかず、むしろ数々の試練を悪戦苦闘しながらも乗り越えて、遂にミシュラン三ツ星に至るのです。
そのミシュランがコース前半の野菜料理を「パレットのように彩り豊か」と絶賛したというのです。
「地球からの人へのメッセージ」とメニューに書き添えたこの料理は、まるでデッサンなしにキャンバスならず大皿に色とりどりの野菜ピュレと生野菜、温野菜で模様を描いていくものなのです。
頭の中の配置から0.5ミリでもずれたら、すべてをやり直すというのです。
「100マイナス1は、99じゃありません。ゼロなんです」。
「三ツ星は取れると思っていました」。
自らの料理の腕と美意識に自負がある、天才「米田肇」さんは淡々とした口調で語ったそうです。
天才は天才たる理由があるのです。
この料理、一度、味わってみたいものです。
台風での出来事
台風が去りました。
今回の台風で被害にあわれた方も多かったことでしょう。
謹んでお見舞い申し上げます。
この日、私は神奈川県の茅ヶ崎にいました。
お客様宅で商談中だったのですが、時間が経つにつれて風が強くなり、テレビでの情報では電車が次々と運休になり始めました。
お客様も心配してくださり、その時点では藤沢駅からは東海道線が動いていたので、藤沢駅まで車で送ってくださったのです。
途中、車は大渋滞。
道路際に立つバス停はほぼすべて倒れていました。
バイクや自転車はまったく動かすことはできず、歩いている人は傘は役に立たず、歩くのもままならないほどの暴風でした。
藤沢駅にやっと着いたところ、その時点では小田急線もJR線もすべて運休。
開通の見通しが立たないという最悪の状態となっていました。
これはひょっとしたらホテルに泊まらなければならないかと心配して、いつも利用している携帯の楽天サイトを見てみました。
少し驚いたことは既に、台風により足止めを食った人のための素泊まりを特別価格で宣伝しているホテルがあったことです。
商魂たくましいというのか、情報化時代の今日、これが普通なのかもしれません。
多くの人が待機している喫茶店でも、パソコンを叩いて猛然と仕事をしている人もいました。
時間や場所を問わずに仕事が普通にできる時代になってきたのでしょう。
どんな事態に陥っても普通に仕事ができることが理想なのです。
そんなことを考えながら、私も待っている時間に持ち合わせていた本1冊と雑誌を2冊読むことができました。
読もうと思っていたのですが、忙しさにかませてなかなか読めなかったものです。
転んでもただでは起きない。
これが私のモットーです。
朝食バイキング
ビジネスホテルの話を続けます。
超人気ビジネスホテルの朝食バイキングは早朝から大賑わいです。
このホテルは6時半からなのですが、直ぐに大混雑になります。
選ぶのを迷っていると後ろで待っている人に迷惑をかけてしまうほど。
そこで私が心がけていることは、何を取り何を捨てるか決めることです。
まるでランチェスター戦略ですね。
よく言われる、まず、やらないことを決めることに似ています。
絞り込むこととも言えます。
和食か洋食か、洋食で玉子料理ならスクランブルなのか目玉焼きなのか。
利用してたての最初の頃は、いろいろな料理に目移りしたり迷ったり。
ついつい欲張ってしまい食べ過ぎたり。
今では大分慣れてきて、このホテルを利用するときは、楽しい朝食を満喫しています。
余裕が出来てきた最近では、客観的にこの朝食風景を見て楽しむことができるようになりました。
欲張ってお皿からこぼれるほどに山盛りに、和洋折衷で盛り付けるのは、やはり若者の特権でしょうか。
選ぶのに時間がかかってしまい、後ろで何人もの人がイライラしている待っている光景も目にしますが、他人の気持ちを汲めるようになれば、もっと楽しい時間が過ごせるようになるのでしょう。
やや少な目の料理をさっと選んでゆっくり味わいながら食べる人の姿は素敵です。
何か絵になるような存在感を感じさせるものです。
あんな年のとり方をしたいと思うのです。
立ち居振る舞い。
大切ですね。
ビジネスホテル戦争
出張が多い私は、全国のビジネスホテルを利用します。
どのホテルも生き残りをかけて様々な工夫を凝らしています。
中でもいつもほぼ満席なのが、やはり特色のあるビジネスホテルです。
今やありきたりのサービスやその他同じというホテルでは駄目なのでしょう。
ホテルに限らず、特色は何か、他との違いは何かということが明確に打ち出されていなければならないのです。
違いがはっきりしていてこそ、差別化戦略なのです。
特色のある一つは、会員になるとカードが発行され、インターネットで予約すればフロントに寄らなくても機械でそのカードが自動的に部屋のキーに変身するのです。
自動的にポイントも貯まり割引サービスも受けることができます。
1階が大手ファミリーレストランのチェーン店になっていますので朝食サービスなどはそこを使うシステムになっており、清算も機械でしますから、ほとんど人件費が不要のようです。
それがグレードの割には価格の安さに反映されており、いつも満室状態の人気につながっているのでしょう。
もう一つはサウナ付温泉があるホテルです。
露天風呂もあるので本格的です。
ここは朝食バイキングも魅力の一つ。
和食や洋食、その種類も豊富でやはり本格的です。
最近、朝食を無料にするホテルが増えている中で、しっかりと朝食を有料にして、そのかわりお客様に満足を提供しようとすることで一線を画しています。
ところがどっこい夜の9時から無料でラーメンが振舞われるサプラズがあります。
このホテルはリピーターも多く、いつも満室でなかなか予約が取れません。
ビジネスホテルを動向を見るだけでも、ビジネスの勉強になります。
特色は何か。
何が他社と違うのか。
自問自答してみることをお勧めします。
故郷での思い
仕事の関係で久しぶりに故郷へ立ち寄りました。
インターチェンジ周辺の商業施設は、昔とかなり違う顔ぶれになっていました。
同じ業種でも違う会社になっていました。
また、まったく違う業種になっていたりしました。
十数年振りに見た光景ですが、企業や商売の栄枯盛衰は都会も地方も同じなのでしょう。
この期間、リーマンショックがあり、円高不況があり、そして今年は震災という激震がビジネス界にも走った年でもありました。
しかし、変わらず発展し続けている企業もあるわけですから、そこには何か秘訣や法則というものがあるに違いないのです。
それを探求し学び続けるのが、経営者の役割なのでしょう。
繁華街を抜けて少し車を走らせると、すっかりと黄金色に染まった美しい稲穂がたなびく風景が続きます。
この景色はおそらく昔から今に至るまで変わらないものなのでしょう。
稲作が始まったのは縄文時代からだそうです。
私たちが教科書で習った頃は、弥生時代からという説でしたが、今や縄文時代から稲作が始まったという説が常識なのだとか。
ということは、私が見た故郷での田園風景は、もう何千年も前から変わらない風景だったということなのです。
変わらないものと変わるもの。
いつの時代もこの二つが混在することによって歴史は綴られてきたのでしょう。
生まれ育った故郷に、私は何を以って貢献することができるのか。
ふと、そんなことを思ったひと時でした。