ツイッター戦略
先日、アクセス数が多いという話をしました。
そのアクセス数に大きく貢献しているのが「ツイッター」なのです。
弊社はアクセス数を増やすために、PPC広告にお金をかけたり、SEO対策をしたりはしていません。
主にツイッターやブログを活用しているのです。
そのツイッターですが、最大の特色は、フォロワー数が10万をはるかに超える社員が複数、存在することです。
彼らのツイートやリツイートの影響力は底知れないものがあります。
また、ボットといわれる自動つぶやきアカウントが、やはり複数、存在します。
弊社のホームページの掲載物件が新規でアップされるたびに、自動的にその物件情報をつぶやくのです。
物件の価格変更があったときに、自動的につぶやくボットもあります。
今やアメブロ営業マンランキングでトップ10以内を継続する「営業マンブログ」の更新のたびに、自動的につぶやくボットもあるのです。
さらに、弊社は社員全員がツイッターをやっています。
経理を担当する社員など、毎日、10ツイート以上はつぶやいているのです。
つぶやきの内容やその人のフォロワー数はともかくとして、会社としては正確に統計を取ったり数えたりはしていませんが、一日で多いときは300ツイート以上は情報発信していると思われるのです。
しかも10万フォロワー以上の社員がリツイートしたとしたら、その効果はどれほどのものになるのでしょうか。
そう考えると、ツイッターが弊社のホームページのアクセス数に、多大な貢献をしていることが予測されるのです。
ここにまた、弊社の強みがあるのだと思います。
まだまだ、ツイッターの夢は続きます。
鉄板焼き
お気に入りの鉄板焼きのお店がありました。
おそらく高級店といってもいい部類に入ると思います。
きっかけは、すぐ隣のフレンチの店が予約でいっぱいだったからです。
そのときの料理が私にとってはサプライズでした。
コース料理を注文したのですが、目の前で焼く演出もあってか、フレンチの店がいっぱいだった「災い転じて福となす」という結果に喜びました。
人間とは欲張りなもので、もう一度来て、今度は一番高いコース料理を食べてみたいと思ったのです。
この時点では、私はこのお店にとってリピーター候補となったわけです。
そして、それからしばらくしたある日、その機会が訪れます。
ちなみに一番高いコース料理は、フォアグラ、帆立貝、伊勢海老、アワビ、そして牛ヒレのメニューで、それを目の前で焼いて調理してくれたのです。
最後は食べきれないほどでした。
こうして、たちまち、私はこのお店のファンになってしまいました。
ところが・・・・
つい先日、久しぶりにこのお店を訪ねてみたのです。
メニューが変わっていました。
前に来たときはお客でほぼ埋まっていた席も、週末のゴールデンタイムにもかかわらず空席が目立ちました。
正直、味も落ちていました。
3.11以降、高級店やホテルなどが経営が厳しいと聞いてはいましたが、これが現実なのですね。
お客が入らないので、単価を下げて質を落とす。
その結果、今までの固定客が離れていく。
そしてそれを繰り返す。
衰退のスパイラルに陥っていくわけです。
経営とは難しいものです。
よく言われるビジネスの鉄則に、「期待通りでは駄目で、期待以上でなければ、もはや顧客満足は得られない」というのがあります。
私たちも知らないうちに、大切なお客様の心がいつのまにか離れているのかもしれないのです。
明日は我が身。
肝に銘じたいと思います。
教科書
ゆとり教育が終了し、もとの教育に戻った証として、教科書が前よりも厚くなったそうです。
教科書と聞くと苦い思い出があります。
とても真面目ではない学生生活を送っていた私は、恥ずかしい話ですが、ほとんど教科書を読まなかったのです。
学校の机の引き出しに置きっぱなしになっていました。
今になって後悔することは、もっと教科書を読めばよかったということです。
そのことは、最近になって「星野リゾートの教科書」というビジネス書を読んで、さらに強く感じるようになりました。
この本は、いわずと知れた今やリゾート業界のときの人、星野リゾートの星野社長のことを書いた本として有名です。
ビジネスは教科書どおりやれば、必ず成功するという内容です。
自己流では駄目で、あくまでも基本に忠実に、いわゆる教科書どおりにやらなければならないというのです。
すぐに結果が出なくても我慢してやり続けること。
そして、あくまでも教科書どおりにすることを強調しています。
そうやって、星野社長は数々の崩れかかった全国のホテルや旅館、リゾート施設を見事に建て直してきたのです。
マジックでもミラクルでもなく、建て直せたのはあくまでも基本に忠実に教科書どおりやり続けたからだというのです。
私の勉強は、教科書とはかけ離れた完全な自己流だったわけですから、受験勉強も含めてたいした結果を残せなかったのも当然のことなのかもしれません。
だからというわけではありませんが、よく読むビジネス書の中で、これだと思う数冊を勝手に教科書として何回も読み直しています。
そして、けして自己流ではなく、その本の教えに忠実に、すぐに結果が出なくても我慢してやり続けているのです。
結果が出るのはこれからかもしれませんが、私には何か確信のような自信のようなものがあるのです。
まさに教科書の力でしょうか。
教科書。
なんとなく、この響きが好きになりそうです。
なぜ行動が遅いのか
指示したことを即やらないで必ず、先延ばしする人がいます。
弊社「日本マウント」では毎朝、社員全員に宛ててメールを送信していますが、そのメールで何回も、即行動することの重要性を説いています。
しかし、残念ながら何回何十回となく同じことを言い続けても、行動力に乏しく、いわゆるフットワークが軽くない人がいるのです。
必ず、ワンテンポ、ツーテンポ遅れるのです。
もしこれが戦場ならば確実にやられています。
指示した上司から催促されたら、実は終わりなのです。
終わりというのは負けを意味します。
既に上司は見切りをつけていると思って間違いありません。
もっと言えば、上司に「あの件はどうなった」と言わせては駄目なのです。
その前に報告するのが常識だからです。
そう考えると、駄目な人は何回注意しても駄目なのです。
どうやらセンスというのか性格なのか、能力とは違うようなのです。
あるいはフットワークが鈍い人は、完全にそれが癖になっているのではないでしょうか。
しかも自覚していないのが致命的なのです。
だからこそ、人の10倍意識して、その癖を直さなければなりません。
フットワークの差は、能力の差より大きく、成功するためには必要不可欠な決定的な素養なのです。
これに例外はありません。
今日やるべきことはけして明日に延ばさない。
このことを肝に銘じましょう。
古民家ブームは来るのか
近い将来、古民家ブームが来る気がしてならないのです。
震災で見直されている価値観。
原発問題で緊急の課題となった電力問題。
古き良き日本を見直す傾向も加速しています。
旧皇族の竹田家に生まれた、明治天皇の玄孫にあたる竹田恒泰さんの著書「日本人はなぜ世界でいちばん人気があるのか」によれば、江戸は高度に完成された循環都市として、大自然と見事に調和していたというのです。
今、新たに見直される、江戸時代などの古き良き日本の文化や伝統の数々。
古民家もそのひとつでしょう。
信州の松本市旧四賀村に会田宿という昔の宿場町があります。
善光寺街道に建つこの古民家は、明治元年の建築という記録が残っていますが、おそらく江戸時代に多くの旅人が宿泊した宿として栄えていたものです。
震災後、改装工事が遅れていましたが、再開したとのニュースを聞きつけ、近くに行った折に、施工会社の許可を得てその改装現場を見に行きました。
見れば見るほど惚れ惚れする素晴らしい建物です。
改装してさらに素晴らしくなりそうな期待が持てるのです。
私が勝手に思い込んでいるのかもしれませんが、まさに世界に誇ることができる日本の宝だと思います。
昔ながらの高い天井までの吹き抜け。
きっと夏は涼しくて冷房などにも困らないことでしょう。
そして冬は薪ストーブ。
電力をあまり必要としない、まさしく理想的な省エネ住宅です。
これからの時代、必ず古民家が見直されるという確信があるのです。
同じ、旧四賀村にある古民家にも問い合わせが相次いでいます。
日本が世界に誇ることができる古民家を、これからもご紹介していきたいと思います。
神戸に行ってきました
品川駅から新幹線乗って新神戸まで。
のぞみで約2時間と少し。
速いものです。
私は仕事柄よく新宿駅から信州の松本駅に行くのですが、スパーあずさでも約2時間半、あずさで約3時間かかってしまいます。
新幹線で行くことができる場所は、なんともうらやましいものです。
将来はリニアモーターカーが品川駅を発着として関西まで通ることが決まっています。
品川から大阪まで推定約1時間。
時速は500キロメートルだそうです。
この頃にはいったいどんな世界になっているのでしょうか。
弊社の事業コンセプトは今のところ、東京から3時間以内で行けるリゾート地や田舎暮らしできる場所での別荘や田舎暮らし物件の売買です。
関東甲信地方や伊豆熱海に限定して展開しています。
先日、仙台に行ってきましたが、やはり新幹線で約2時間でした。
将来はもしかしたら、私たちの事業領域や守備範囲も拡大するのかもしれませんね。
日々、時代が確実に変わりつつあることを実感します。
私もこの変化に乗り遅れないようにしないと。
仙台へ行ってきました
震災後、初めて仙台へ行ってきました。
船井総研の元常務、佐藤義直さんの立ち上げたS・Yワークスという会社の5周年記念のセミナーに参加するためです。
全国から270人もの人が、奇しくも被災地の中心であった仙台に集まったのです。
S・Yワークスの社員の皆さんは、礼儀正しく、明るく、その動きは機敏です。
「利他」という理念は、これほどまでに素晴らしい社員を育てるのでしょうか。
創業わずか5年で、毎年100名を優に超える新卒者が応募し、わずか数名しか入社できないという優良人気企業に成長しているのです。
規模も歴史も弊社とそんなに変わらないにもかかわらず、そのレベルの高さに驚かされました。
天才経営コンサルタントが会社を創り、自ら経営すると、こんなに素晴らしい会社ができるのですね。
まさに有言実行。
百聞は一見に如かずでした。
その佐藤さんは、講演の中で人間にはいくつかの誕生日があると話しをされました。
佐藤さんにとっては、自分の生誕の日と別に、恩師「船井幸雄」と出会った日がその日であるというのです。
そして、2011年3月11日も、まさしくその日であると。
佐藤さんは、恩師「船井幸雄」の教えである、起こることはすべて必要、必然、ベストであるということと今回の震災のハザマにあって長い時間、熟考を重ねたといいます。
あの震災は、果たして必要であり必然であったと言い切れるのかと。
出した結論は、その日を境に生まれ変わった私たちが、素晴らしい未来を創り、まさしくあの震災は必要、必然、ベストであったといえるようにする使命があるということです。
「皆さんの尊い犠牲のおかげで、日本はこんなに素晴らしい国に生まれ変わりました」と胸を張って言える未来を創くる使命が私たちにあるのです。
私にとっても、2011年3月11日は、紛れもないもう一つの誕生日です。
そして、S・Yワークスの同志でもあります。
ともによりよい未来を創って次の世代に引き渡す、その役割を果たしたいと思います。
急ぎ早に新幹線で後にした仙台でしたが、どうやら、私の大好きな街になりそうです。
震災後の不動産需要の変化
震災後に明らかに変わった不動産需要。
首都圏では、高層マンションと湾岸地域に不人気になりました。
高層マンションの高層階では、地震のときのその揺れは半端ではなかったそうです。
余震のたびにそのときの恐怖がよみがえり、生きた心地がしなかったと語る人もいました。
また、停電時における移動と給水の問題が明らかに。
エレベーターが動かないので、階段を歩いて上らなければならないのですが、高層階になればなるほどそのリスクも大きくなります。
また給水もポンプを使ってくみ上げるので、停電時には使用不能になったマンションも。
ペットボトルを担ぎながら、何十階も階段を歩いて上がらなければならないとしたら、それはどんなに大変でしょうか。
幼い子どもや老人やましてや病弱な人、からだの不自由な人には酷な話です。
逆に人気が出てきたのが、会社から近い地盤の固い場所に立つ低層マンションです。
万一のとき、歩いて職場に通える場所をという発想なのでしょう。
リゾート物件もその需要の風景が様変わりしました。
弊社の販売で人気を誇っていた、お買い得な海が近い物件は、壊滅的な売上ダウンとなりました。
物件はさほど被害はありませんでしたが、あれだけ津波のシーンをテレビの映像で見せられれば、誰でも海に近い物件を避けるのは当たり前です。
茨城県の鹿島や鉾田、千葉県の北房総といわれる地域です。
また、原発問題もあり、当然のことですが福島県や栃木県の物件で原発に近くなればなるほど、やはり壊滅的な売上ダウンとなっていましました。
かわって俄然追い風が吹いているのが、内陸であり、いわゆる「山」としてのリゾート地です。
今年の夏は電力消費の制限問題もあって、涼しい山で夏を過ごそうという人が増えてきているのでしょう。
弊社の販売地域では、八ヶ岳、安曇野、富士五湖、軽井沢とその周辺のいわゆる北信州、そしてなんと群馬県の桐生まで人気となっています。
この傾向はしばらく続くのでしょうか。
自然と向き合いながら商売をすることの難しさを感じます。
何があってもどんな時代になっても、勝ち残り生き残れる企業を目指したいものです。
伝説のテレフォンアポインター
能力と実力は違うとは、ビジネスの世界ではよく言われることです。
ことテレフォンアポインターに関しては、得にそうなのかもしれません。
他社でその実績ゆえに、伝説のテレフォンアポインターと言われた人が弊社のパートタイマーとして入社しました。
その実力はいかに。
戦々恐々としている周囲の目をよそに電話をかけ始めました。
電話でしゃべる声は妙にたどたどしく、言葉使いもでたらめで、敬語もあったものではありません。
風貌も洗練されたものではなかったのも加えて、周囲は期待はずれとばかり落胆していました。
採用した私には多くの社員の冷たい視線。
私も正直言って一抹の不安があったのですが、やはり洗練された?弊社では難しかったかと少し落ち込んでいました。
ところが。
僅か数日の実働で20件近くの媒介契約を取ってしまったのです。
しかもそのほとんどが専任媒介契約です。
恐るべしは伝説のテレフォンアポインター。
能ある鷹は爪を隠す。
人は見かけによらず。
たどたどしいからこそ電話越しの相手が安心するのでしょうか。
立て板に水では、かえって相手は警戒するのかもしれません。
でもその会話をよく聞いてみると、本当に的を得た会話をしているのです。
これは相当に頭の回転が良くなければできない芸当です。
やはり只者ではなかったのです。
これからの活躍が楽しみです。
一番の効用
ランチェスター戦略の要諦は、とにかく一番になることです。
一番と二番の差は、二番と百番の差より大きいのです。
どんな分野でもいいから、分野を絞ってでも、範囲を縮めてでも、とにかく一番になることが大事であることを強調しているのです。
このことを私はある体験を通して実感したことがあります。
私は小学校までは、いわゆるクラスで一番というものが何もありませんでした。
スポーツは万能だったのですが、かけっこをしても、水泳やスケートをしても二番や三番になれても、けして一番にはなれませんでした。
勉強はまったく駄目で、素行はいわゆる問題児というほど先生泣かせだったようです。
しかし、中学校に入学すると、クラスで一番のものを発見したのです。
それがじつは長距離走でした。
一番になれたという自信は凄いものです。
やがてクラスで一番が中学で一番となり、市で一番となり、県で一番を狙えるところまできたときに、不思議なことにあれほど駄目だった勉強の成績がぐんぐんと上昇したのです。
そしてあれほど悪かった素行が、まるで嘘のように、あたかも優等生のように良くなっていったのです。
今考えれば、幼い少年が一番になれるものを見つけたときに、どれほどの自信を持ち、そのことがすべてに良い影響を与えたのだと思います。
まさに、ランチェスター戦略を地で行くような少年時代だったのです。
ビジネスにおいても同じだと思います。
とにかく何かで一番になることです。
それが達成されれば、そこからすべてが変わるのです。
私はそのことを確信しています。