おひさま
「おひさま」
NHK朝の連続テレビ小説のタイトルです。
4月4日から始まりました。
私は普段はほとんどテレビを観ないのですが、この「おひさま」だけはつい観てしまいます。
このドラマの舞台が信州の安曇野だからなのです。
テレビで映されている景色もなんと美しいことでしょうか。
白いそばの花が咲き乱れている光景。
透き通った水が流れる清流。
雪化粧した北アルプスや常念岳。
現在の安曇野もこの光景がまだ残っているのです。
この美しい安曇野にある別荘や田舎暮らし向き住宅を扱っているのが、弊社「日本マウント」です。
一年前に入社した新人営業マンがコツコツと一年かけて物件を収集してきました。
ですからこの安曇野は弊社にとっては開拓地にあたるのです。
それだけにこのドラマの始まりと相まって、何か感慨深いものもあるのです。
今年一番力を入れていきたと思っている「安曇野」なのです。
自然の美しさのみならず、食べ物の美味しさ、今や生活の便利さも含めて、自信を持って勧めることができる、まさしく折り紙つきのリゾート地でもあります。
東京からも約3時間から3時間半。
「ひまわり」の舞台、安曇野で過ごす別荘ライフ、田舎暮らしライフはきっと最高でしょう。
孫正義さんの義援金100億円
ソフトバンク社長の孫正義さんが個人として、震災の義援金100億円を寄付するそうです。
ツイッターで「何故、孫さんは個人で義援金を寄付しないのですか。」というツイートに対して、「準備しています。近日中に発表します。」と答えていたのが気になっていました。
その答えが100億円です。
さらにソフトバンクを退職するまでの役員報酬を全額を毎年、寄付するというのです。
69歳まで役員を務めたとすると、その金額は18億円に上るそうです。
先日、九州の福岡で不動産売買に関わったのですが、実は孫正義さんの親族に関連する不動産でした。
そんなこともあってか、そして以前からも孫正義さんの経営手腕やその生き様に惚れ込み、著書を読んだり、その言動に注目したりしていたのです。
ですから、今回のサプライズには本当に感動しました。
ゴルフの石川遼選手が、今年の賞金の全額を寄付することを発表したときも感動しましたが、今回はその比ではありませんでした。
ここまで日本という国を愛し、そしてその愛をカタチに表した人がいたでしょうか。
創業者オーナーやそれに準ずる人が、今回、多額の義援金を送るケースが相次いでいます。
ユニクロの柳井さん、楽天の三木谷さん、ジャパネットたかたの高田さんなどです。
利他に生きる。
そんな心や志があったからこそ、事業で成功し財を築くことができたのでしょう。
そして、国家の危機に遭遇したときは、今回のように立ち上がるのです。
国を救うのは政治家ではなく経済人なのかもしれません。
そして、本当に大切なものは何かを、彼らが教えてくれるのだと思います。
未来への希望の一端を垣間見たような気がしました。
米大リーグが開幕しました
米大リーグが開幕しました。
今年はイチロー選手が前人未到の11年連続200本安打の記録に挑みます。
開幕戦はマルチ安打を記録し、幸先のいいスタートを切りました。
このイチロー選手は震災の義援金として1億円を寄付したそうです。
「やらなきゃいけないと思うことはいつも同じ」
「ただ、今年は、別の思いが入ってくる年でもある」
イチロー選手といえば、阪神大震災のとき、「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ優勝を果たし、被災者を励ましたことを思い出します。
きっと今年はそのとき以上に特別な思いを持って、米大リーグの公式戦を戦っていくことでしょう。
松井秀樹選手にも注目です。
今年はグリーンがチームカラーのアスレチックスに移籍。
元々、一番最初に憧れた球団であり、少年頃はその帽子をかぶっていたという話です。
やはり何か特別なもの感じ、期待してしまう私たちです、
松井選手といえば、何といってもチャンスに強いことで有名です。
ヤンキース時代のワールドシリーズ優勝とMVP受賞の記憶がよみがえります。
今年は必ず活躍して、被災者にも希望を与えてくれるに違いありません。
手首の骨折や膝の怪我というどん底から這い上がった松井選手だからこそ、その活躍が被災者を励まし勇気づけるに違いないと思うのです。
こんなときだからこそ、海の向こうで日本人選手が大活躍をし、被災者のみならず日本人全員に希望を与えくれることを期待します。
快進撃を続ける営業マンブログ
毎日コツコツとブログを書き続けて、約1年と7ヶ月が過ぎました。
更新回数は541回を数えることができました。
朝起きて一番最初にすることが、このブログを読むことだと言ったくれている人もいます。
本当にありがたいことです。
読者の皆様には、心から感謝しています。
実は弊社の営業マンもブログを書いているのですが、これが絶好調なのです。
弊社のホームページからリンクできるようになっているのですが、やる気満々の社員の何人かが書いているので、ほぼ毎日、日によっては一日に何回か更新されています。
私のブログが会社の理念などを紹介する内容なのに対して、営業マンブログは写真に入りの物件紹介に徹しているブログとなっています。
営業マンがそれぞれ自信を持って紹介できる優良物件を、ホームページ公開前に紹介するのが、いわゆる「売り」なのです。
このブログ、なんとつい先日、アメブロの営業マンというカテゴリーでのランキングで27位となりました。
参加者が4823人だというので、この数字は凄いことだと思います。
アクセス数も1100アクセス近くになったそうです。
どうやら視覚に訴える写真が効果を発揮しているようなのです。
営業マンの面々も、この快挙を聞かされて、さらにヒートアップしているようです。
ブログはまさに、ソーシャルメディア戦略の核だと思います。
3年、5年、10年先を見ての、中・長期戦略なのです。
だからこそ「継続」が命。
ランキングなどに一喜一憂ぜすに、コツコツと継続してくれることを期待します。
私も彼らに負けないように、これからもベストを尽くします。
第2四半期がスタートしました
4月1日はエープリルフール。
今回は震災のこともあって、いわゆるサプライズの企画を避けた企業も多かったとか。
弊社はささやかながら、ホームページに少し細工を加えました。
皆さん、お気づきでしたか。
昨年は度派手な仕掛けをしたのですが、やはり世間の自粛ムードには勝てませんでした。
さて、弊社は第2四半期をスタートしました。
リゾート物件や田舎暮らし向き物件は、冬は厳しいというのが定説でしたが、やはりこの冬も健闘しつつも思ったような数字が出せませんでした。
その分をこれからの第2四半期で挽回しなければなりません。
しかも前半が勝負です。
すべて、勝負事のセオリーは先手必勝。
第2四半期で挽回し、上半期でしっかりと結果を残すことが、当然、年間の目標を達成するための、必勝パターンになるのでしょう。
ユニクロの柳井さんが絶賛する本として有名になった「プロフェッショナルマネージャー」
その本によれば、最初の四半期で目標を達成できなければ、年間の目標は達成できないと断言しています。
弊社の場合、リゾート物件を取り扱うという、季節的なハンディがあることを考慮させてもらえれば、少なくともこの最初の四半期という言葉を上半期という言葉に置き換えることがギリギリ許される範囲かなとも思います。
だからこそ、スタートダッシュしかないのでしょう。
いよいよ真剣勝負の始まりです。
第1四半期が終わりました
今期から、カレンダーと同じ12月決算としましたので、3月末で第1四半期が終了しました。
震災の影響があったとしても、かなり厳しい数字でした。
数字は嘘をつかないし、正直だと思います。
営業マンによって差がはっきりと出ました。
言い訳は無用でしょう。
原因は何か?
お客様を喜ばせたいという動機はずれていなかったか。
お客様を喜ばせるという目的はぶれていなかったか。
戦略を徹底し守っていたか。
凡時徹底は文字通り、徹底されていたか。
フットワークは誰よりも軽かったか。
挨拶や整理整頓、報・連・相は完璧にできていたか。
しっかりと反省しなければなりません。
大事なことは同じ過ちを繰り返さないこと。
そして、課題や問題点は、必ず改善することです。
「カイゼン」という言葉は、もはや世界でそのまま通用するという話を聞きました。
改善こそ日本のお家芸なのでしょう。
さあ、今日から第2四半期のスタートです。
きっとこの3ヶ月もあっという間でしょう。
先手必勝!
華々しいスタートダッシュを飾りましょう。
カーシェアリング
弊社「日本マウント」は4月からカーシェアリングを使うことになりました。
元々、都内では車を使うことはほとんど無かったため、特に所有していたわけではありません。
山梨や長野、茨城、栃木、埼玉、群馬、千葉県などに、営業マンごと自分の自宅の近くのレンタカーを借りたり、現地の駅レンタカーを借りたりする中で対応していました。
都内の特に都心で社用車を持つことは意外と大変です。
弊社の場合、もし今のビルやその近くに駐車場を借りるとすれば、一ヶ月に最低、駐車料金が4万円はかかります。
あとは皆さんご存知のように、維持費としての税金や定期点検の費用やオイル交換などの費用が当然かかってくるのです。
ローコスト経営に徹する弊社としては、最初から社用車を所有するという選択肢はありませんでした。
今回、試験的に一部の営業マンが積極的にカーシェアリングを使ってみて、今までのレンタカーと併用して、最もローコストで効率のいい方法手段を考えていきたいと思ったのです。
まだ使用前ですが、カーシェアの優れているところがいくつかあると考えます。
弊社の事務所所在地の近くのみならず、営業マンの自宅近くにもたくさんのステーションがあるのです。
しかも30分以上から10分単位での利用が可能です。
基本的には給油して返す必要がありません。
使用時間によって一番安い料金体系で料金を請求してくれるようなのです。
24時間対応が可能なので、弊社のように早朝から利用したい人には最適かもしれません。
「シェア」
まさにこれからの潮流の一端を感じる体験となりそうです。
原点回帰と再出発
仙台に本社を置く経営コンサルタント会社があります。
S・Yワークスというこの会社の社長は、知る人ぞ知る、かの有名な「佐藤芳直」さんです。
一部上場のコンサルタント会社である船井総研の創始者である船井幸雄をして、天才と言わしめたまさにその人です。
この不況の中、マスコミに成功事例として登場する中小企業のほとんどを指導していることでも知られています。
前職の船井総研時代にも上場企業最年少役員として活躍されていましたが、私はそのときからのファンであり、佐藤さんの著書は何冊か読んでいました。
昨日、東京でセミナーがあって参加したのですが、震災の影響を危惧していた自分が恥ずかしくなるほど、感動的な素晴らしいセミナーでした。
実はこの会社も例に漏れず震災の被害を受けたのです。
事務所はメチャクチャになり、セミナーの命ともいえるテキストが、紙の不足や印刷不能で用意できない事態に見舞われるのです。
しかし、佐藤さんはご自分と会社の役割を、未来の希望を語ること、そしてそれを発信することと自覚して、命を削り身を粉にして、移動がままならない中を全国を縦断して、当初予定していたセミナーを決行したのです。
佐藤さんや司会の内藤さん、スタッフの皆さんの真心のこもった真剣な姿に心を打たれました。
人間の役割とは誰かの役に立つことである。
仕事の中にこそ人生がある。
仕事の目的はお客様を喜ばせることである。
佐藤さんに教えられたことは、今や私の人生や会社の理念の根幹となっています。
一年前に初めて、佐藤さんのセミナーに参加し、直接その肉声を聞いたことが原点となりました。
そのときから一年後である昨日、震災のことにも触れたそのセミナーで、私は原点回帰しつつ、もっと深いもっと大切な新たな動機を与えられたのです。
いずれ将来、「あの時に私は生まれ変わり会社は生まれ変わり、そして日本は生まれ変わりました」と堂々と胸を張って震災で犠牲になった方々へ報告ができるようになることを誓います。
新入社員への期待
弊社「日本マウント」は、今年も今のところ三名に新しい営業マンが入社して活躍しています。
一月は二人は入りましたが、一人は事情があって辞めました。
二月に一人、三月に一人、合計三人の比較的若いメンバーです。
そのうち二人は不動産営業は未経験。
しかし、弊社で現在、活躍中の営業マンは不動産営業の未経験者が多いので、これはまったく問題ありませんし、むしろ大歓迎です。
今のメンバーも個性的な人が多いのですが、今回の新人も個性豊かな人たちが集まりました。
一人はプロのミュージシャンを目指していた者です。
本格的にプロを目指していたので、大学卒業後に数年経って初めて就業するという若者です。
ドラムを叩くようにリズミカルに営業も頑張ってくれることでしょう。
別の一人は行政書士として開業していたことがある者です。
100キロを超えるその体重からは、予想もつかないようなかん高い声で喋ります。
そのミスマッチがとても可愛らしい。
宅建主任の資格も持つこの若者は、その独特のキャラクターで既に社内の人気者です。
相撲に例えれば、張り手に突っ張りに、最後はまわしをしっかりと持って、お客様のためにあらゆる困難を見事に寄り切ってくれることでしょう。
最後の一人は都内の不動産もリゾート物件も両方扱ったことがある経験者。
もちろん、宅建主任の資格を持つ、なかなかのつわものです。
即戦略として大いに期待されています。
昨年、入社した新人はいずれも大きく成長し、今や全員エース級の活躍をしています。
さて今年の新人はいかに。
来年が楽しみです。
4年が過ぎました
震災があってからというもの、いろいろと考えることが多くなりました。
ふと気がつけば、いつのまにか弊社「日本マウント」に入社してから、早いもので4年が過ぎました。
4年前の3月1日に、私は一営業マンのとして、この会社に入社したのです。
そのときは現在のようなインターネットによる、関東甲信地方のお買い得なリゾート物件や田舎暮らし向き物件を売買していたわけではありません。
那須の土地だけを電話営業でアポイントを取り、訪問して販売していたのです。
なんとパソコンも無ければ、当然、ホームページもありませんでした。
販売図面は営業マンの一人が、コピーしたものを切ったり貼ったりしながら、超アナログ的というか原始的な方法で作ったものを使っていたのです。
1年後にやっとパソコンを導入し、現在のWebメンバーの一人が入社したり、図面作成スタッフの一人が入社して、初めてホームページが出来上がり、現在のような別荘や中古住宅の販売を開始したのです。
実質、3年が過ぎようとしています。
今まではいけいけどんどんの勢いで突っ走ってきましたが、震災後に考えることもあって、最近は違った考えを持つようになりました。
3年計画ぐらいでしっかりと基礎を固めようと思うのです。
永続できる企業を目指して、真剣に考え、課題や問題点に真正面から向き合うのです。
とにかく今のままではいけないと思っています。
自分に厳しくするのは当然ですが、将来のために、今の社員に対しても厳しくしていくつもりでいます。
それは今回、震災という想定外のアクシデントを間接的に体験して、いろいろ考える中で結論にいたったことでもあります。
万一、今、東京が同じような震災の直撃を食らったとしたならば、弊社など一瞬のうちに消滅してしまうことが確実だからです。
そうなれば、社員やその家族の生活を守ってあげることができないのです。
早急に、具体的な3年計画を立てたいと思います。