人生は平等である
今や日本を代表する名経営者となった、ソフトバンクの孫正義さんと楽天の三木谷浩史さんには、いくつかの共通点があります。
一つ目は、二人とも仕事が楽しくてたまらないそうなのです。
「こんなに面白いものは無い」
「ゲームのようだ」
二つ目は二人とも初期の頃から、売上や総資産などの経営数値で「兆」という単位を意識し、なおかつ公言していたのです。
孫さんは、豆腐を一丁二丁と数えるように、売上を一兆二兆と数えるようになるんだと公言していました。
三木谷さんは、10年後には総資産を一兆円にして、そうなったら一丁あがりと言って現役を引退するとやはり公言しているのです。
いずれもそれを聞いていた当時まだ数少なかったスタッフは、ぽかんとして開いた口が塞がらなかったほど驚いたというか、何を言っているのかよくわからなかっとそうです。
三つ目は、創業時にはどれくらい働いたのかという質問に対して、なんと二人ともまったく同じこと答えをしているのです。
「一年365日、一日26時間」。
一日で26時間は物理的には不可能です。
おそらく死ぬほど働いたとか、メチャクチャ働いたとかという自負が26時間と言わしめたのでしょう。
ワタミグループの渡邉美樹さんも、起業のための軍資金を貯めるために佐川急便で働いた一年間は、寝たのは車を運転中に赤信号で止まったときだけだったと言っています。
これも物理的には不可能でしょう。
やはりそう表現できるくらい、働いたということなのです。
それ相当の成功は簡単には手に入らないのです。
棚からぼた餅やラッキーパンチを期待しない方がいいのでしょう。
そう考えれば、人生は平等なのかもしれません。
ブログでの失敗
私はほぼ毎日、ブログを書いているのですが、毎月一回か二回は必ず失敗することがあります。
ブログをほとんど書き終わった頃にアップする直前で操作ミスをしてしまい、ブログの内容がすべて消滅してしまうという失敗です。
こまめに下書きのボタンを押して消滅しても記録が残るように保存をしておけばいいのですが、ついその手間を惜しんでしまい、今まで書いてきた努力が水泡に帰してしまうという悲劇に何度となく見舞われてきたのです。
その瞬間は何とかならないかと必死にあらゆるボタンを操作して、文章が消滅してしまったという事実を認めることに抵抗するのですが、どうにもならないことがわかったときには、ひどく落ち込んだりしていました。
ときには怒りがこみ上げてきて、物に当たったり、大声で吼えたりしたこともありました。
今思えば大人気ない行為だったと反省すること仕切りです。
そうです、私はかなり短気なのです。
ところがあるときから、失敗したとしても、それほど落胆したり怒りがこみ上げたりすることがなくなったのです。
何故だと思いますか?
大人になったからとか、我慢強くなったとかではありません。
性格はそんなに直ぐには変わらないものです。
理由は簡単です。
ブログを書くのが速くなったからなのです。
私がブログを書き始めてから約1年半。
毎日、早朝に書いているのですが、今では文字通り「朝飯前」というほど速く書けるようになったのです。
経験というものは凄いものだと思います。
場数を踏むということはこういうことをいうのでしょう。
文章を書くのがけして得意だったわけでなく、ましてや最初から速く書けたわけではありません。
やはり「継続は力なり」と実感するのです。
しかし文章が消滅してしまったときには、少なからずがっかりすることは変わりません。
皆様もご用心。
節電に慣れてきました
震災以降、節電の習慣にどうやら慣れてきたようです。
計画停電や停電を回避するために節電していたのが、今や当たり前になってきました。
当初はコンビニの看板の電気がついていないことに違和感があったり、店が閉まっていると勘違いしたりしたのですが、今では当然のように感じるのです。
オフィスでも同様です。
消灯癖がついたり、多少暗くても当たり前のように感じます。
考えてみれば、江戸時代は電気がなかったわけです。
日の出とともに起きて、夕陽が沈むとともに寝るという健康的な生活をしていたのでしょう。
また、ろうそくの灯を囲んで大家族が仲良く力を合わせて生活していたのでしょう。
今までが当たり前なのではなく、今が当たり前なのかもしれません。
今までは無駄が多く、贅沢すぎたのでしょう。
文明や科学の進歩が必ずしも人間を幸せにしたとは限らないと思うのです。
1000年に一度といわれる今回の震災は、およそ2万5000人もの尊い命を一瞬にして奪い去りました。
しかし、それと同じ数いやそれ以上の数の人間が、1年間に自らの手でその尊い命に終止符を打っているのです。
そうです、日本は世界有数の自殺大国なのです。
私たちはこの事実をしっかりと直視しなければならないのだと思います。
震災を契機に何がどう変わったのか。
いずれこのことが問われる日が来るのでしょう。
私たちは必ず変わらなければならないのです。
癖を直そう
人間誰でも「癖」というものがあります。
これが良い癖であればいいのですが、悪い癖であれば少し問題です。
会社にいると、社員によるお客様との電話の中で、耳障りな言葉に出くわすことがあります。
「わかりました」。
どうもこの言葉が気になるのです。
「承知しました」とか、
「かしこまりました」ではないかと思うのです。
朝礼で注意したり、毎朝社員に送信しているメールで注意したりしているのですが、いっこうに直さない社員がいるのです。
直さないというよりも直らないと言った方がいいのかもしれません。
そうです、完全に癖になっているのです。
相変わらず、「わかりました」を連呼しています。
「わかりました」「わかりました」「わかりました」「わかりました」「わかりました」「わかりました」。
まさに、連呼。
私が睨んだときだけ、「かしこまりました」。
その後、再び、「わかりました」の連呼。
ベテランほど、古い者ほど、悪しき癖は簡単には直らないのでしょうか。
もうひとつ気になることは、自分の名前を名乗らずに電話をかける癖です。
会社名しか名乗らずに電話をかけているのです。
会社名の後に自分の名前を名乗るのは当たり前というか常識だと思うのですが、そうしない古参社員がいるのです。
これも何回注意しても直りません。
まだまだ課題の多いレベルが低い弊社であることを反省し、これからのレベルアップに励みたいと思います。
日本は世界の観光地へ
震災にに端を発した原発問題の影響で、日本を訪れる外国人観光客の数が激減していると聞きます。
これは本当に残念なことです。
観光事業に携わる人々の苦悩はいかばかりのものでしょうか。
この問題が長引くとしたら、日本の国益に関わるのではないかと危惧するのです。
日本はこれから先、確実に人口が減少するといわれています。
さらに、高齢化社会が加速することも確実です。
法人税も世界的に高いことで知られているのです。
益々マーケットが縮小し、企業は海外へその活路を見出していくとすれば、いったい日本の将来はどうなってしまうのでしょうか。
日本が生き残る道は、世界の観光地になるしかないと思うのです。
日本の四季折々の自然の美しさは、世界に誇ることができるものだと思います。
富士山の美しさは、もはや世界的に知られています。
古い日本建築の素晴らしさも目を見張るものがあります。
日本食の見た目の美しさや美味しさも、やはり世界に知られつつあるのでしょう。
かの有名なミシュランガイドでも、東京のその星の数は本場のパリを凌ぐ数となったそうで、もはや食の都は東京であると言っても過言ではないでしょう。
だからこそ、一日も早い原発問題の解決を願うのです。
これは日本人のみならず、世界の人々の願いでもあると思うのです。
日本は世界の観光地となり、そして国際社会に貢献する。
この願いが果たされることを祈ります。
ゴールデンウィークの案内ラッシュ
今年もゴールデンウィークの季節がやってきました。
今年も例に漏れず例年のごとく、リゾート物件や田舎暮らし物件の案内ラッシュが続いています。
今年は1000年に一度といわれた、東北関東大震災という天災に見舞われ、いったいどうなってしまうのだろうかと心配していました。
震災直後はどの業界もそうだったと思うのですが、いわゆる自粛ムードが漂って、それどころではないという雰囲気となり弊社の営業も低迷しました。
得に茨城県や千葉県の海側の別荘は、震災後に全く問い合わせがなくなるという壊滅的な打撃を受けました。
しかしここへきてにわかに問い合わせの数が回復してきたのです。
中には被災者の方が物件を探しているケースもありました。
私たちにできることは精一杯、全力でさせて頂きたいと思っています。
津波による被害の影響なのでしょう。
相変わらず、海側の物件は全くといっていいほど不人気です。
変わりに大人気なのが「山」なのです。
那須高原は相変わらず人気ですが、地震の影響を受けたところも少なからずあり、人気独走とまではいっていません。
人気が爆発しているところは「八ヶ岳」。
追走しているところが、安曇野や北軽井沢、長野や上田、佐久などの信州です。
そしてもはや定番となった富士五湖周辺でしょうか。
いずれにしても活気が戻ってきたことで一安心しています。
リゾート物件はこのゴールデンウィークから紅葉が終わるまでは、いわゆるシーズンとなります。
これからが本番です。
お客様のためにベストを尽くしたいと思います。
デジタルデバイド
デジタルデバイド
情報格差をあらわす言葉です。
詳しくはネットを使える人と使えない人、さらに使いこなせる人とそうでない人の情報格差のことをです。
その情報格差によってもたらされる労働条件や収入にも、当然、格差ができているそうなのです。
その格差は徐々に広がり、さらに加速しているとか。
会社経営や営業活動などでもこの傾向は顕著です。
一昔前はホームページにおけるSEO対策が脚光を浴びました。
ヤフーやグーグルの検索で上位表示されることが、集客における圧倒的な優位だったわけです。
インターネット全盛の時代となって、紙媒体での集客は、徐々にその力を失おうとしているのが現実なのです。
しかしこれからは、間違いなくソーシャルメディアの時代。
ツイッターやブログ、ユーストリームにフェイスブック。
これらのソーシャルメディアを使いこなせるか否かが、すなわちビジネスにおけるデジタルデバイドとなるのです。
このことは弊社の営業マンをみるとよくわかるのです。
如実に実績に現れつつあるからです。
営業力とか営業マンの実力という概念自体が変わりつつあるのでしょう。
あと数年で取り返しのつかない差になるのかもしれません。
気付いたときにはもう遅かったということが起こるかもしれないのです。
時代は確実に加速しています。
デジタルデバイド。
この言葉をしっかりと意識しましょう。
35年前の記録
インターネットで自分の名前を検索していて見つけた記録でした。
中学生のときの2000メートル走の記録。
長野県の諏訪地方の記録で、諏訪記録と題されていました。
諏訪市、岡谷市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村の6市町村を合わせて諏訪地方といいます。
1976年の記録ですから、まさしく35年前の記録なのです。
嬉しいような恥ずかしいような。
しかし35年前の記録と名前が残っていること驚きでした。
これもインターネットによる恩恵なのでしょうか。
もしインターネットがなければ、私がこの事実に気がつくこともなかったことでしょう。
それにしても、インターネット恐るべし。
過去の記憶をよみがえらせ、当時の嬉しかったことや苦しかったことを思い起こさせてくれました。
当時はまさに青春真っ盛り。
勉強もしないで走ることに明け暮れていた毎日でした。
その後に高校に進学して、2度の全国高校駅伝への出場。
京都の都大路を走りました。
私は大学進学と同時に走ることを止めてしまいましたが、同僚は二人、箱根駅伝を走りました。
今では懐かしい思い出です。
パソコンを前にして毎日仕事に明け暮れていたときの、つかの間のタイムスリップをした楽しいひと時でした。
桜前線
日本の国花はご存知の通り「桜」です。
桜の花は開花してから、ほぼ一週間で散ってしまいます。
花の命は短いとはよく言ったものです。
だからなのでしょうか、桜の花の美しさは、どの花よりもひときわ美しく感じてしまうのです。
今年は震災の影響で派手なお花見は控えて人が多かったようですが、かえって静かにじっくりと観賞することができたのではないでしょうか。
日本という国土は南北に長いので、桜が開花する時期がそれぞれ違います。
また狭い地域でも山があり標高差があるところが多く、場所変えれば二度三度と桜を楽しめることができるのです。
私も東京で桜を楽しんだ後に、仕事で訪れた信州松本で再び、満開の桜を堪能することができました。
そのときは、その松本から少し離れたやや標高の高い麻績村(おみむら)や美麻村(みあさむら)では、まだつぼみでしたので恐らく今頃が満開なのでしょう。
さらに北で標高が高い、大岡や戸隠高原、飯綱高原などはさらに満開の時期がずれるのです。
狭い国土でも南北に長く、しかも標高差がある日本という国。
その国花としての桜。
そして移動する桜前線。
なんとも不思議な気がします。
被災地でも津波の被害を乗り越えて、見事に咲き誇った桜があったとの話を聞きました。
日本人はどんな困難や艱難に遭遇しても、雪や寒さの厳しい冬に耐えて春に咲き誇る桜を見ては、慰められ励まされて、再び希望を見出して前進してきた民族だったのでしょう。
今年ほどその桜が美しく感じた年はありませんでした。
臨界点
水の温度を上昇させていくと、100度で水蒸気になります。
液体から気体へと変化するのです。
この100度が臨界点となります。
ビジネスにもどうやら「臨界点」というものがあるようです。
小売店業界では、出店攻勢をかけていく中で、ある一定の店舗数に到達することにより、劇的に全体の売上が上がり利益が出てくる現象があります。
この一定の店舗数がいわゆる「臨界点」なのです。
弊社のビジネスでもこの法則が当てはまります。
弊社では、営業マンがある地域に特化して、その地域の物件を集めているのですが、ある一定の数を越えるあたりから、問い合わせ数が劇的に増える傾向があります。
マーケットの大きさにもよりますが、おおむね70物件くらいがその数になるようです。
もちろん、競合店が強い地域ではそんなに簡単にはいきません。
競合の強いところでは、ランチェスター戦t略でいうところの、競合の3倍、少なくとも√3倍の数をそろえなくてはならないのでしょう。
その数がいわゆる「臨界点」になると考えます。
この臨界点を超えることが、弊社の営業のすべてです。
臨界点を超えない限り、始まらないと言っても過言ではありません。
後は場数を踏んで経験を重ねていくしかないのです。
この「臨界点」をしっかりと自覚することが、すなわち「ビジネスセンス」であると思うのです。
ただ闇雲に営業しても結果は出ません。
しっかりとした戦略が必要なのです。