愛の力とは
日経新聞のスポーツ欄に掲載されていた、あるコラムの内容です。
サッカーを題材とした短編映画の中でのひとコマ。
大事な決勝の舞台で主人公がいる少年チームは緊張のあまり、普段の力をなかなか発揮できなかったというのです。
相手の選手の方が大きく見えるし、試合前にぴかぴかの優勝カップを見たのもいけなかったかもしれないと考えるほど緊張していたのでしょう。
前半はリードを許し、折り返すことになったのです。
そのとき、平常心を取り戻させるためにハーフタイムで監督が子供たちにかけた言葉が洒落ています。
「この間も負けていた試合を逆転できただろう。なぜだ?俺たちには(サッカーへの)愛があるからだ!」。
著者はこの叱咤に驚き、思わずのけぞったそうです。
「闘え」「頑張れ」ではなかったからです。
私は「愛」の力というものを信じます。
愛には所有する力があると信じているのです。
まだ社長になる前のことですが、誰よりも会社を愛し、誰よりもこの仕事を愛しているという自負がありました。
だからこそ、休日を返上してまで他の誰よりも働きました。
そして、年に何回か休日に出勤し、一人で自主的に心を込めて、丸一日かけて事務所を掃除することを実行しました。
蛍光灯の一本一本から電話のコードに至るまで丁寧に汚れを拭き取ることをしたのです。
愛を行動で示したわけです。
イチロー選手が誰よりもバットやシューズを大切にし、心を込めて自ら手入れをすることと通じるものがあると思います。
その後、私は社長に抜擢されることになります。
能力を超える力がすなわち愛の力であると思うのです。
私はその力の存在を信じます。